ブックレビュー

2007年7月15日 (日)

古処誠二『ルール』 集英社

最近読んだミステリの中で屈指の一冊。ぼくより十も若い作者にこれほど迫真の軍隊話が書けるとは驚きであるというか、軍事ヲタクの作者がこのあたりまで書込めば迫真性を感じられるほどに実際の戦争体験が風化してきたということだろう。軍隊経験者に読ませてみたらどう思うか聞いてみたい気もする。「戦争体験を語る」ことについて戦争体験者たちがよく言う「体験した者でなければ語れない」という主張は、じつは矛盾している。体験した者でなければ理解できないのであれば、それを他人に語り伝えることなどそもそもできないのであるし、他人に語り伝えられるのであれば、それは体験者でなくてもできるはずなのである。延々と続く極限状態の描写がすさまじく、『Uボート』で息苦しくなるのと同じ意味で腹が減る話だった。ぼくは昔、断食ヲタクだった時期があって、二週間水だけで過ごしたことがあるのだが、その感覚がまざまざと蘇った。体重計ってみようか。

姫山軍曹というサブキャストの博多弁がなんとも効果的に使われているのだけど、この作者は福岡出身なのだろうか。東京言葉以外に、自信をもって使える方言を持っている作家は得だと、つくづく思う。

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吉川幸次郎『元明詩概説 中国詩人選集二集2』 岩波書店

2002年4月20日読了。

この時代は水滸伝、西遊記、金瓶梅など小説の時代で詩は低調かと思っていたのだが、その蒙を啓かれた。今でも割と愛唱されている漢詩のいくつかが、この時代から出ているのだ。「正気の歌」の文天祥とか、元好門、李夢陽ら。一つ収穫があったのは、「正気」というときの「気」、つまりは気功でいう気だが、中国四千年の歴史とともにあるのかと思っていたら、たかだか宋の時代の儒教から出てきたことらしいということ。

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齋藤孝『三色ボールペンで読む日本語』 角川書店

2002年4月20日読了。

角川でぼくを担当してくれている編集者のY君がくれたのである。ちなみにその前には、「入社してはじめて作った本です」と言って日垣隆 なんでも買って野郎日誌をくれた。特製の三色ボールペンがセットになっているんだけど、齋藤さんには悪いが使わなかった。昔から使い慣れてる3Mのテープフラッグによる方式が、二色で色分けするのと等価だというのと、やはり本に線を引くことへの抵抗をぬぐいきれないのだった。とはいえ、主観重要と客観重要を峻別すべきという主張には説得力があり、なにか新方式を考えるべきかもしれない。

著者の齋藤さんは声に出して読みたい日本語がミリオンセラーになったり、ますますご活躍である。新潮学芸賞のときのパーティーでお見かけしたことがあるが、とにかく元気な人。「頭の中まで筋肉」というのは体育会系学生を揶揄する常套句だけど、齋藤さんの場合、脳でもあり筋肉でもある得体の知れない物質Xで全身が作られている感じで、とにかく頭と身体の連携、というかフィードバックが十分に、かつすばやくとれている人なのであった。

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『袁宏道 中国詩人選集二集11』 岩波書店

2002年4月23日読了。

明の万暦年間に活躍した詩人。詩は個性的で、新奇なものを追い求める傾きもあるけれど、たとえば唐末のある種の詩人――李商隠などのようには難解でなく、われわれ現代人でも容易に味わえる。満洲事変当時の中国でブームになったというのもうなづける話。この「中国詩人選集」、「総索引」をのぞいて32冊あるのだが、大昔に衝動買いしていくつか読んだまま、長らく中断していた。昨年夏に再開して、ようやく全巻読了。いちばん先に読んだとおぼしき「杜甫 上」には「1991.1.11」の日付があるから11年かかったことになる。もっとも、後の25冊はトイレの常備本として読んだのだから、トイレといえどもばかにならない。年産(?)40冊程度にはなるかも。

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齋藤孝 『理想の国語教科書』 文藝春秋

2002年4月26日読了。

実際、各社の中学校向け国語教科書の収録作品を見てみると、あまりにも「子どもをなめている」としかいいようがない。乙武くんの文章が悪いとはいわないけれど、もっと子どもに読ませるべき文章は山のようにあるだろう。どうも、本当に子どものためを考えているというよりは、身体障害者とかバリアフリーの問題にも目配り届いてますよという教科書会社のポーズにすぎないのではないか。「文学界」のアンケートで口々に非難の声を上げている大作家の方々にはまあ人ごとだろうが、これから子どもを育てようとする身には深刻な事態。学校教育なんぞに多くを期待しないけれど、頼むから息子の直哉を読書ぎらいにだけはしないでほしい。読み書きと辞書のひき方くらい教えてくれればいい。歴史の授業もいらない。石森章太郎の『マンガ 日本の歴史(全55巻)』でも読ませるから。歴史の時間には、学校が実質的に教えてくれなくなった算数と理科の本でも読んでいなさいと言いたい。

息子の教育のためにいちばんいいのは、ぼくが肝臓でも壊して死ぬか女をつくって出奔するなりして、書庫書斎蔵書の一切を勉強部屋として明け渡すことにちがいない。国語や歴史は言うに及ばず、数学、サイエンス、はては音楽、性教育にいたるまでバッチリOK。

『理想の国語教科書』は小学校高学年の子どもに読ませることを想定して文章を選んでいる。いまはどれも中学校とか高校の教科書に入っているか、どこにも入らなくなってしまった作品ばかりである。難しすぎるのではという意見も当然あるだろうが、ちょっと背伸びをして難しいものに噛みついていくほうが、励みになるし、読書好きの子どもをつくると思う。「国語は体育だ」という著者の意見に賛成。

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