日記・コラム・つぶやき

2007年9月 7日 (金)

ブログへの一元化完了

どうせ暴風で眠れやしないので、夜中に起き出して、長年の懸案であったブログへの一元化作業をポチポチやっていた。これまでは、申し訳ばかりのホームページと、ブログとの二重構造だったのである。大学での講義資料をホームページ側に置いていたために、そんなことになっていたのだが、今日でめでたく、すべてのコンテンツをブログ側に移し、ホームページにはお亡くなりになってもらった。
明け方までかかって作業は終わり。もちろんドメイン「yamanoguchi.com」はブログ側にリダイレクトした。

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2007年9月 6日 (木)

「週刊現代」リレー読書日記がはじまる

この間、『天平冥所図会』の著者紹介インタビューを「週刊現代」がやってくれた。
そのついでに(といっては失礼だが)、「リレー読書日記」なる書評欄を担当する話がいきなりやってきた。世の中、捨てる神あれば拾う神ありとでもいうのか。
このコーナーは任期一年で、この8月からは

原武史、東川端参丁目、桜庭一樹、山之口洋

の4人で回り持ちだから、ほぼ月1回で12回バトンが回ってくることになる。
ビッグネームの中に混ぜてもらってちょっと緊張。どうやら桜庭さんと二人がフィクション担当なので、時代・歴史小説(面倒なので、これからは「歴史小説」で両方を総称することにした。「現代」の記事中でも同様)を中心としたあたりをテリトリーだと考えることにした。

もとより歴史小説はよく読むほうだけど、さほど体系的に読み、考えたわけでもないので、リハビリがてら最新の時代小説を25冊ばかり乱読してみた。このジャンルの構造がおおむねわかった。私なりの問題意識は、同誌9月8日号に掲載した

従来からの読者と新しいファンの溝を埋めるガイドを目指し 山之口洋

に書いたので、そちらをお読みください。
これから一年間は、歴史小説漬けの日々が続きそう。

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2007年7月21日 (土)

『天平冥所図会』 出版打ち上げ

昨夜は『天平冥所図会』の無事出版を祝って、新宿の割烹料理屋で打ち上げ。
この話、「別冊文春」への連載開始時から数えると足かけ6年という長丁場となり、もちろんそればかりやっていたわけではないが、途中、多くの担当者の方にお世話になり、相談に乗ってもらい、時に迷惑もかけた。

文藝春秋の担当編集者Hさん(初代)、Sさん(2代)、H部長。
それから装丁をしていただいたデザイン部の野中深雪さん。

特別ゲストとして表紙や目次にかわいらしいキャラクターを作っていただいたイラストレーターの三木謙次さんにもお会いすることができた。どことなく、北野勇作に雰囲気の似た30代半ばの方。「肌がきれい」というのが話題になり、同年代の女性編集者たちから羨望のまなざしを注がれていたのであった。私は感謝と敬意を表するため、山之口家特製の天平冥所図会Tシャツと団扇を持って行く。思えばこの日は朝からこのTシャツ姿で、明治大学の教壇に立っていたのであった。

私やSさんが三木さんにお願いすることにしたのは、仁木英之くんの『僕僕先生』の表紙を見て、わが『天平……』にも魅力的なキャラが欲しい! と思ったからで、元々の依頼は表紙のイラストで、主役級の登場人物5人の顔を決めてください、というものだったが、三木さんは本を読んでノリノリで仕事をしてくださり、なんと目次後の「主要登場人物」全員の似顔を作ってくださったのだった。もちろんそのページに使わせてもらっている。
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なお、三木さんのご厚意により、このサイトの「登場人物紹介」では表紙イラストの一部掲載を認めていただいた。うれしい! これでぐんと登場人物への親近感もアップするかも。

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2005年9月26日 (月)

授賞式行ってきます

ファンタジーノベル賞の授賞式が都内某所であるので、夕方行ってくるつもり。

今年は優秀賞の受賞者との間でトラブルが発生して、受賞辞退の騒ぎが起きた。詳細は明かせないので口は挟まないが、なんだかトラブルが多い賞だなあとは思う。なんでも出版に関しての意見の食い違いらしいが、賞は「応募原稿」に対して与えられるのだから、まずはすなおに受け取っておいたらよかったのに、と思う。私なら絶対そうする。

大賞を受賞された『金春屋ゴメス』の西條奈加さんにお会いできるのを楽しみにして出かけることにしよう。とかく暗いものが本格的なものと混同されている日本の文学風土の中で、こういう作品はとても貴重だ。

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2005年9月16日 (金)

新作できました

昨日、角川書店に出かけて新作『完全演技者』の著者見本を5冊いただいてきた。テリー・ギリアム言うところの

「わーできた! ……ってそれだけだよ」

である。それでも、この一瞬の喜びは他にたとえようもないから、すぐまた次の作品に手を染めてしまうのだ。300ページ足らずの、最近の標準では長くもない小説だが、今回は「映画と同じくらいの値段で、同じくらいの時間で読め、しかしより深くエンターテインされる作品」を目指した。いかがでしょう?

テーマはデビュー作『オルガニスト』がオルガン音楽であったのに対し、80年代のテクノ・ポップ(和製英語。英語ではエレクトリック・ポップ)。もっともクラフトワークとかDEVOとかYMOといったプロパーなテクノからすれば、かなり辺鄙なところだが……。ただ、物語自体はテクノや音楽に興味がない人でも楽しんでいただけるだろう。自分では全く異なる物語と思っていたのに、完成してみるとやはり山之口節というか、どこか似通った味がある。7年かかってようやくはっきりとデビュー作を超えた、という気持でいる。

『オルガニスト』を読んでいただいた方はもちろん、この小説で山之口に初めて接しる方も、これが山之口本来のテイストだと思っていただいてかまわない。前作『瑠璃の翼』のように読者を選ぶ要素はない。今後は何作か、現代を舞台にした、ただし既存のジャンルにおさまりそうもない作品が続く予定である。褒めたり脅したりしながら作品を完成に導いてくれた角川書店のGさん、Yさん(現在文春)次号の『本の旅人』(角川の宣伝誌)向けに書評を書いてくれた評論家の大森望さん。どうもありがとうございました。

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2005年5月 5日 (木)

『紙のキーボード』 製作着々

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ぺんてるAirpenやACECAD DigiMemo用に開発中の『紙のキーボード』がほぼ形になってきた。僕はすでにここ2か月、この日記をはじめ、すべての文章を『紙のキーボード』で書くようになり、外出時にノートPCやPDAを持ち歩く習慣をなくした。

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2005年4月 7日 (木)

こっそりとBlogに移行中

Hashikui
旧公式サイト「復路のランナー」では、4年間で年間1万人ほどの方々に来ていただいた。ろくな内容もないサイトとしてはまずまずのレベルで、ありがたいことである。ところが最近ますますサイト更新が滞りがちで、ほとんど休眠サイトのようになってしまっている。

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2004年7月 8日 (木)

夏の北軽井沢

時々、「移動書斎」を駆って一週間ほど泊まり込みで執筆をするのだが、今年の夏は軽井沢の貸別荘を二ヶ月ほど借りることにした(と書くと豪勢だが、実は大した出費ではない。交通費のほうが高かったりする)。3日から9月はじめまでは、基本的にここで仕事。大学はあと二週間ほど、木金とあるから、その日だけ東京に舞い戻る。やはり東京の夏は暑いですなあ。
Shippitu

昨夜は新潮社のS氏と、久しぶりに会った。ファンタジーノベルの一次で僕の箱に入っていた作品が最終選考に残ったと聞き、感激。昨年の『太陽の塔』にならんで二連覇(何の?)なるか……どうかはまだわからない。他の候補作は読んでないから。でも、すごく丁寧に作った、志の高い作品だった記憶がある。ぜひ単行本でもう一度読んでみたくはある。

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2004年4月 4日 (日)

ノモンハンと新幹線

捨てる神あれば拾う神ありとでも言おうか、JR東海の葛西敬之社長が今日付の読売新聞でじつによい書評をくれた(ここの「大型書評」欄)。ありがたいことである。ちなみに、自作について新聞で書評をもらったのは、長編三作目にしてはじめてであるが、この作品には産経、読売、時事通信と三社が大型書評をくれた。書評には恵まれた本である。書店の棚にはまるで恵まれてないけれど(「時代小説」の棚でチャンバラ物と紛れてたり)。

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2004年2月17日 (火)

時代小説研究会

北原亜以子先生が肝煎りをされている「時代小説研究会」の末席に加えていただく。『しゃばけ』の畠中さんの紹介。会場は両国の江戸東京博物館にて。参加は作家4割、編集者6割で計30人ほど。折から開催され大盛況の「円山応挙展」を一時間ほど見学。応挙といえば今見るような「幽霊」のデザインを決めたひと、というような紋切り型の理解しかなかったんだけど、この特別展、幽霊はたった一点で、応挙と弟子たちが近代写生画の大成者であることをさまざまな面から立体的に解説しており圧巻。平日だというのに結構混み合っていた。図録一冊を入手。

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2004年2月15日 (日)

『瑠璃の翼』 新聞書評

新作の書評がなかなか出てくれず苦しんでいたのだが、産経新聞で評論家・陣野史俊さんによる的を射た書評をいただいてほっとしている(リンクは産経新聞社トップ。「読書」欄の2/15分)。陣野さんに執筆の経緯をお話ししたこともないのに、よくもここまで執筆に際しての書き手の内面のふるえやなやみに迫れるものだ。この欄ではぼく自信も幾度か書評原稿を書いたのだが、陣野さんはぼくにとって文芸評論分野での先達といってよい人物である。産経からは別に土曜の「こころ」欄のエッセーのご依頼もいただいたので、今日一日はそれにかかっている。

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はじめての歯医者

Dentist
ナオちん(息子の呼び名)の生まれてはじめての歯医者。虫歯がなくて楽な子供だと思っていたがとんでもない、調べてみたら乳歯のほぼ全部が程度の差こそあれやられていたのだ。「大人しく口を開けていられない子は……」と近所の歯医者に断られ、やむなく水道橋の東京歯科大病院に。ここは平日の午前中なら、いわゆる「抑制の必要な」子供も見てもらえるからだ。たまたまつぎの患者が来ないせいで、息子はピンクのコスチュームを着たお姉さん数名に囲まれてチヤホヤ。もっとも本人にはそれを楽しむ心の余裕はなく、

「やだやだやだ。怖い怖い」
「あらぁナオくん、お姉さんのこと蹴ったら痛いわねえ。もしもお姉さんがナオくんのこと蹴ったら嫌でしょ?」
「いいよ」(息子にはその場しのぎで出任せを答える癖がある。誰の血を引いたのか)
「じゃっ、お姉さんナオくんのこと蹴っちゃおうかなあ」

廊下で聞いていた父親は、「歯さえ削られないなら代わってほしいなあ」としみじみ思った。

ちなみに妻は歯医者に関しては処女で、そもそも息子がいまどういう目に遭っているのかわからないのだった。

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2004年2月14日 (土)

SF版J文学マップ

『SFが読みたい! 2004年版』が届いていたのでパラパラ。「マイ・ベスト5」のアンケート、国内編はまあいいとして、海外編は、いかに山之口が昨年の海外SF事情に疎かったかが暴露されている気が。そんなにいい本があったのですか知りませんでした。

それはそれとして思わず唸らされたのが大森望さんによる21世紀SF作家分布マップ。多少ともSFと関係のある作家237名を網羅したSF版のJ文学マップである。ぼくのようなギョーカイに疎い人間はコピーして壁に貼っておきたいくらいの永久保存版。

山之口洋の立ち位置周辺の空き具合のさびしいこと(これは山之口が妙なニッチに立っているのであって、周りの作家に嫌われたわけではない……んじゃないかな)! かてて加えて1行コメントの的確なこと! 今年はI'll be back.なので見ててくださいませ。

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2004年1月26日 (月)

世界の果て

友人の奥さんからお声をかけられて、東大先端研(とどうしても言ってしまう)で開かれた「第2回シナリオ創発ワークショップ」なるところで講演。「文学がITに期待すること」という鵺的なテーマで1時間ほど話す。先端研のキャンパスは15年ぶり。前に行ったときは渥美先生の人工心臓ヤギたちが敷地で草を食べている、なんだか村上春樹の「世界の果て」みたいなところだったのだが、いまは大きく小ぎれいな研究棟が立ち並んでいる。主として創造性支援の研究者の方々と話したり飲んだり。

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2004年1月17日 (土)

遅筆と貧乏と酔狂

ファンタジーノベル受賞者10人ほどを集めて新宿で飲み会。われらがBig Brother佐藤哲也さんと佐藤茂さんとが、FN賞版ペリー・ローダンというか、1つのファンタジーを回り持ちで書き継ぐ企画に半分以上乗り気。ううむ、遅筆で貧乏で、かつ遅筆ゆえに貧乏しているというのに、これ以上金にならない仕事を増やしてどうしようというのか。

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2004年1月 8日 (木)

『瑠璃の翼』刊行!

新作が今日あたりから書店の店頭に並びはじめるらしい。大学の講義前に神田に寄ってみようかしら。

この物語をどう説明したらよいか考えたが、戦争物とか近現代史の歴史小説とかいろいろ言うより、一言で言えば「空のサムライの物語」なのである。作品の主人公、というよりも狂言回し役を勤めるぼくの祖父・野口雄二郎も、昭和50年代から長年にわたりお会いし、お話をうかがってきた空中勤務者(俗に言う「ヒコーキ乗り」たち、ノモンハンや満洲の空に消えた空中勤務者たちも、実に見事なサムライ・スピリットの持ち主だった。なぜ、かれらが旧日本軍という、硬直し、血が通わない組織の中で、サムライの心を持ち続け、生き方を貫けたか、その秘密は本書のなかにすべて書いた。

いまなぜか、日本ではサムライブームが起きているけれど、現在のテレビドラマの製作者その他には、もはやサムライの核心がつかみきれていない。準国営放送よりもハリウッドの方がまともな時代劇を作れる時代になってしまったのは情けない。ただブームに乗ることしか考えていないからである。

この年末年始は、『天平DINKS』の結末をつけるために残らず消えてなくなったが、なんとか無事に乗り切った。単行本にするまでには、まだ紆余曲折ありそうだけど、誰もが楽しく読める一冊に仕上げるつもりなので、長い眼でお待ちくださいませ。

今日で大学の授業も終わるので、とりはぐれた正月休みをかねて、裏磐梯、そして浜名湖あたりに出かけることにする。いま山場にさしかかっている音楽ミステリーの執筆がてらの御籠りである。

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2003年12月 8日 (月)

全作品リスト

執筆の息抜きに、自著のリストを作ってみた。そろそろ細かい仕事が散逸しかかっているために、一覧にして管理しておこうと思ったのである。ところがやってみると、意外なまでの分量の少なさに、「こんなものか」とちょっとがっかりしてしまった。5年間で約150項目、それも、小説から、新聞や雑誌の書評、インタビューまでひっくるめての総数。つくづく、もっと仕事をしなければ、と思う。

リストの方は暫定公開です。これで抜けはなさそうに思うけれど、表のなかからWWWで読めるコンテンツにリンクを張ったり、メディアの転載許可がおりたものから順次このサイトでも読めるようにするつもり。メニューから「不審事物」がなくなったのは、その準備だと思っていただきたい。

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2003年11月25日 (火)

『瑠璃の翼』 執筆完了!

朝、文藝春秋から出る新作の再校ゲラを返送し、これですべての作業を終えたのである。

いや、なんとも長かった。64年前のノモンハン事件に参戦した空中勤務者の方々にお会いし、話をお聞きしたり、当時の戦隊の書類を調べはじめたところから数えると、ほとんど3年かかったことになる。その間に幾人かの方は鬼籍に入ってしまわれた。できあがった作品をお届けできなかったのは残念である。あと10年も経てば、正確な証言をできる方に話を聞くことはできなくなってしまうだろう。本来、もっと経験を積んでから書くべき題材なのだが、いま書かなければならなかったのには、そうした訳がある。

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2003年11月20日 (木)

復活

前回の近況報告から、ずいぶん間があいてしまった。反省。これからはもう少し頻繁にご報告をしたい。
さしあたり、新作の刊行情報などを更新。
現在、サイトのリニューアルを画策している。全作品リストの公開や音楽関係の話題も。
しばらく単行本の刊行がなく、あやうく忘れられた作家になるところだったが、来年は少なくとも3冊の出版が決まっているので、ここらでもうすこしプレゼンスをあげたい。読者のみなさまのお力にすがるのみである。

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2003年4月28日 (月)

推敲という作業

『千と千尋の神隠し』をようやく見た。映画自体も面白いが、あの中に泥だらけのナニカが歩いてきて、風呂に入れてみたら河の神様だった、という場面がある。あれほど汚い映像表現というのは、モンティ・パイソンの『人生の意味』(だったか)でグルメのデブが破裂する場面以来であるが、原稿を推敲するたびにあの場面を思い出してしまう。推敲とはまさにああした作業だ。

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2003年3月21日 (金)

イラク戦争

しばらくネットの世界を離れて、長編小説を書いていた。月末には終わるだろう。1200枚超。文藝春秋のHさん遅れてごめんなさい。

そうこうしているうちに、世の中はどんどん勝手に進み、イラクでは戦争がはじまっている。時事通信の『凪の世紀』でも今回そのことに触れた。

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2003年1月 3日 (金)

放鷹術を見に行く

浜離宮恩賜公園に、放鷹術(ほうようじゅつ)の実演なるものを見に行く。時代劇なんかで、お殿様の鷹狩りのときにやるやつね。こんな優雅なことを思いつくのは誰かといえば、佐藤哲也・佐藤亜紀の夫婦なのであった。

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2002年11月20日 (水)

玄侑宗久さん

玄侑宗久さんから最新刊『御開帳綺譚』(文藝春秋)を送っていただく。芥川賞を受賞されるまでの最初の二冊を、bk1のいまは亡きコラム『不審事物』で論じたからだろうか。玄侑さんからは新刊が出るごとに送っていただいている。もったいないことである。本作のテーマは「記憶」。わりに信心深い仏教徒であるぼく自身、玄侑さんの小説の、現代では希有な立脚のしかたには、とても共感を覚える。すべての人に無条件ですすめられる作家の一人である。

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芸大メサイア 紹介文

東京芸術大学では、毎年暮にヘンデルの「メサイア」をやるのが恒例になっており、今年で五十二年目を迎える。これのパンフレットに紹介文を書くべしとの依頼。たいへん光栄なことであるが、音楽の専門家が千人もいるだろうところにむけて、ぼくのようなシロウトがなにをかけばよいのか、二日くらい悩む。指揮は『オルガニスト』のとき以来なにかとお世話になっているオルガン科の鈴木雅明さん。というより、バッハ・コレギウム・ジャパンのリーダーといったほうが通りがよいだろう。十二歳のときからの教会オルガニストにして指揮者という、音楽の化身のような方。「メサイア」そのものについて書かせればぼくなどよりもはるかに造詣がふかいにちがいない。だからここは、シロウトの小説家の切り口でかけばよいのだろうと蛮勇をふるって、ハノーヴァー朝イングランド(英国、ではない)と、戦後すぐの日本社会の空気のようなものを、「メサイア」の成立事情とからめて書くことにした。これはあながちコジツケではなく、中産商人階級が台頭してきた当時の英国の社会というのは、高度成長期の日本とわりあいに似たメンタリティをもっているのである。

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プログレッシブ・ロック

巽孝之さんから『プログレッシブ・ロックの哲学』(平凡社)を送っていただく。ぼくの小説がプログレSFという捉えかたで、過分のお引き立てにあずかっている。恐れ多いことである。

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2002年10月30日 (水)

机の上の戦争

三カ月余りも更新をサボってしまった。この間死んでいたわけではなく、一日中戦争の話を書いていたのである。900枚を越えているのに、まだ筋書きがまとまってくれない。なんだか自分自身、泥沼の戦争を戦っている気になってきた。

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2002年6月21日 (金)

新潮4賞授賞式

夕方、仕事をしていて、突然、三島・山本・川端賞の授賞式だったと思い出し、ホテル・オークラへ。阿刀田高さんに、デビュー当時の苦労話とか、これからが大変だと思うけれどがんばって、というお話などを聞く。二十数年前に『冷蔵庫より愛をこめて』『ナポレオン狂』で短編の名手としてデビューされて以来のファンである。もっとも、最近は小説の書き手としてより読み手としてより尊敬しているような気もするが。東大のルネサンス文学の宮下志朗先生や、おなじみ巽先生とも情報交換。新潮社関係ではいちばん大きなパーティなので、いろいろな作家・編集者に一度で会えて効率的なのだ。あちらの方では小谷真理さんが笙野頼子さんとお話をされているではないか。大の笙野ファンであるぼくは、しばらく声をかけようかと迷っていたのだが、惜しくもきっかけを逸してしまった。

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2002年6月15日 (土)

安心の押し売り

10日のこの欄に息子・直哉の転落事故のことを書いたところ、多くの友人知人・読者・学生さんたちからお気遣いと励ましをいただいた。大変ありがたいことだけど、WEB日記というものについて、いささか考え込んでしまった。

息子の事故はもちろんぼくや家族にとっては一大事だが、WEBを通じて不特定多数の方にその心配を押し売りしてしまったのではないか、と……。本来、WEB日記とは別の、真にプライベートな場所に書くべきだという意見もあるだろうし、それもまた日記とか雑感みたいな書き物になるだろう。だが、作品を書き、それを書き、これを書くことは、労力の点でぼくの手にあまるし、一方、自分が体験した大事はぜひとも書いておかなくてはならないから、そうなればこれを辞めるしかない。

だけど、せっかく自分の活動状況を伝えるためにはじめたことだし、第一、プライベートなことは書けないようでは日記ではないだろうから、これからはせいぜい押し売りをしないよう注意して、続けていこうと思う。

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2002年6月10日 (月)

子どもが三階の窓から転落!

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○はじめに

千葉県市川市のわが家は夫婦と三歳の一人息子、ぼくの母の四人暮らし。対息子の安全対策には、階段に柵、ベランダに出られる窓にチャイルドロックなど、それなりに気をつけていたつもりでした。でも、日に日に成長して活発に動き回り、行動範囲も広くなるのが男の子。事故が起きた場所の危険性には夫婦とも気はついていて、つい数日前にも「柵を考えなくてはいけないね」と話し合っていた矢先でした。モノ書きの身で、おおむね家にいますから、息子にも目が届いているように錯覚していたかもしれません。つい、後手に回ってしまったのです。

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2002年6月 6日 (木)

なぜスポーツか?

この雑感、さぼっている間にずいぶん経ってしまった。世の中は知らぬ間にW杯とやらで沸き立っているらしい。スポーツ全般やらず見ずのぼくにはさっぱり関係ないが。スポーツは「運動」+「争い」なのであるから、国家対抗戦になればどうしたってその「争い」の部分がナショナリズムに火をつける。ナショナリズムではなく愛国心の表現としてならば、スポーツなどよりも北朝鮮お得意のマスゲームの方がよほどよい。また、外国の方を交えてハイキングにでも行くほうが友好も深まるだろう。これらは「争い」を含まない「運動」だからである。

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2002年5月13日 (月)

FN賞1次選考

ファンタジーノベルの二箱目をようやく読み終えて送る。明日から一週間ばかり取材をかねてさるところに蟄居。ときどき自主的にこれをやらないと、執筆ペースがスローダウンするのである。旅に出ると普段の余分が削ぎ落とされてミニマル生活になるので、その分原稿に集中できるのがよいのだろう。ということで、帰ってくるのは21日。

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2002年5月 2日 (木)

短編ベストコレクション

明大の講義。その合間に時事通信社のコラム『凪の世紀』を書いて地下鉄の中から送り、午後には文藝春秋『本の話』のコラムを書いて送る。今月のテーマは齋藤孝氏。氏とは明治大学文学部の同僚であるはずだが、まだ直にお会いしたことがない(新潮学芸賞のスピーチは聞いたけれど)。

徳間書店の『短編ベストコレクション』が送られてきた。収録作中唯一のSFということで、おそらくは堀晃先生が推していただいたのだろうと思う。「あとがき」からもそれが伺える。ありがとうございます。これは「SFマガジン」という媒体に向けて書いたものだから、これをもってぼくという作家のテイストを判断されるとやや困る。

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2002年4月29日 (月)

今年の就職戦線

時事通信社のコラム『凪の世紀』の今月分は就職について。担当記者の渡辺波留華さんに今年の就職希望企業ランキングを送ってもらう。社会的意義が薄くなってきた製造業は後退、再編が進んだ(本当か)銀行や商社が前進。講談社、集英社などの出版業界最大手も唐突にランクインしていてるけど、どうも本の復権というよりはあの二大マンガ雑誌の力ではないかと気づく。そんなに殺到したって、出版社の採用なんて微々たるものなのだが。あいかわらずの人気投票めいた結果だなあ。みんな本当にそこに行きたいのか!

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2002年4月27日 (土)

誰かパソコン要りませんか?

鼻風邪で調子最悪。
bk1に連載中のコラム『不審事物』の第18回「記憶の発酵 松浦寿輝」を午前中いっぱいかかって書き、タカザワさんに送る。相手が相手だけに手こずったけれど、何かしら意味のある指摘はできたように思う。このコラム、結構な労力がかかるのだが、こちらとあちらの事情が許すかぎり続けるつもりである。実際、一月に一人の作家を決めて数冊を読み、自分の言葉でその作家への理解を文章にするという作業は、小説を深く読む力をつけるためにたいへん役にたつのである。

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2002年4月26日 (金)

安田ママ訪問

家内が隣市の某デパートに来ているハイジ(本店は神戸)のケーキを買いたいというから、親子三人で出かける。ここには安田ママさんの勤める書店が入っているので顔出しがてら新刊の買い物。小松左京『虚無回廊Ⅲ』。Ⅰ/Ⅱを読んで14年も経っているから、どうせ通しで読まなきゃならんだろう。宮城谷昌光『楽毅』(全4巻)。この本は、海越出版から出ていたのを2巻目まで読んだところで出版社が倒産し、新潮社から出た単行本を買おうかどうかといつも気になっていたのだけど、めでたく文庫化。河野多恵子『秘事』。『小説の秘密をめぐる十二章』、『半所有者』など、最近読んだものはどれもぴしぴしと琴線に触れるので、これにも大いに期待している。あとは直哉用の絵本をいくつか。

この間、執筆用パソコンの画面の両脇と上を囲むような棚をつくったのだけど、その上に置けるオーディオが欲しくなり、最近話題の1ビットオーディオ、SHARPのSD CX-11というのを買う。奥行き18センチというのが決め手。まあ安物なんだけど、これが実に素晴らしい。思えば貧乏学生であった24年前、月賦で(ここは”ローンで”でとは言いたくない)はじめて買った「ステレオ」からすると、隔世の感がある。ピアノがピアノに聞こえるだけでも立派なもの。

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2002年4月23日 (火)

佐藤亜紀さんが早稲田大の教授に!

佐藤亜紀さんは無事早稲田大文学部の客員教授に就任されたらしい。早稲田の文芸専修といえば『中年シングル生活』の関川夏央さんのいるところ。だいじょうぶなのか、ってのは余計な心配か。ボクシングもやってるし。

齋藤孝『理想の国語教科書』(文藝春秋)を別冊文春の新しい担当者さんから送っていただく。阿川弘之さんとの対談を収めた文学界5月号も。齋藤さんには申し訳ないが、どちらも中国詩人選集の後任としてトイレの書棚に。

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2002年4月22日 (月)

追悼:東海洋士さん

角川が送ってくれる「角川ミステリ」の最新号をめくっていて、『刻Y卵』の東海洋士さんが先月亡くなられたことを知る。竹本健治さんの近況欄に書いてあった。合掌。ちょっと検索してみると、新井素子さんが「あたしの中の……」で奇想天外新人賞をとったときに応募していたり、映画『なんとなくクリスタル』の脚本なんかもされていたんですね。知りませんでした。

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2002年4月19日 (金)

編集者と会食

文藝春秋の編集者の方々とお食事。コラムを連載している『本の話』の編集長が交替して担当が変わるので、その顔合わせ。連作中編をやっている別冊文春のほうも担当者のシフト。ううむ、文藝春秋には有能な女性編集者が続々入っているようである。単刀直入に言うが、ぼくの担当は今後ともぜひ女性でお願いしたいものである。次回のコラムを齋藤孝さんの新作で書くことにしたので、束見本を送ってもらうことに。

「おじさん」的思考の書評、ようやく送稿。本来、世代論と直交するはずの政治論の含有率が高く、しかも昨日も言ったように著者とぼくの政治的立場には距離があるので、なかなか素直にお仲間になれないのだった。「進歩的文化人」が知的に破産(破綻ではなく)したところにいまの思想状況の原因があるのだから、いまさら自分たちこそ「民主主義」を守ってきたのだと言われても挨拶に困る。とは言えなかなか知的刺激に富んだ一冊ではある。詳しくは時事通信系各紙で。

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2002年4月18日 (木)

講義始め

明治大学の講義始めの日。二校かけもちでコマの間に四時間も間があく状態が今年から解消されたのは結構だが、一限二限連続、しかも和泉校舎(京王線明大前)というのは身体にこたえる。特に喉が痛いこと。この講師の仕事も、最初はどうなることかと思っていたけれど、いまでは緊張感もない。人間なんにでも慣れるものである。

正午で初講義終わり、その足で東京ブックフェア@ビッグサイトへ。併設の「デジタルパブリッシングフェア」に興味の中心はあったのだが、ここ数年、さほどの進歩を感じない。例のごとくシャープが読書端末を参考出品していたり、大日本印刷がe-ペーパーのデモをしていたりはするけれど、いずれもハード先行というか単発で、肝腎の応用についてのビジョンがまるで見えてこないのだ。一時間ほどでサヨナラ。

養老孟司『身体の文学史』(新潮文庫)。持論の唯脳論と近代における身体に対する心の優位(つまりは身体性の抑圧)という観点から近代文学を捉えなおした論考。最近、齋藤孝さんのとか身体論がぼく的ブームである。なぜかといえば、戦争体験をもたない者が戦争を書こうとするとどうしてもこの身体の問題がネックになってくるからで、あたりまえのことだが身体に戦争をインプットされていないことが、小説の文面にどう影響するか、わからなくなってくるのである。そこさえ押さえれば現代の作家が戦争を書けない理由はない。ここでは大岡昇平らにからめて軍隊、および戦争と身体性のことも押さえられていて、その意味で大いに役立った。

内田樹『「おじさん」的思考』(晶文社)の書評依頼を時事通信社から受けているので、一週間ほど前に直ちに通読して、頭を整理するために放っておいたのだが、いつの間にか締め切りが明日だ。困ったことに、著者の主張の結構な部分にあんまりアグリーできないのである。どうしたもんだろう。

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2002年4月17日 (水)

脱サラ1周年

松下電器の企業研究者というカタギの仕事を辞めて丸一年。辞める前には、日々一緒に働く仲間がいなくてさみしいのでは、とか、社会における自分の位置を見失って焦るのでは、などとあれこれ思い悩んでいたものだけれど、おおむね取り越し苦労であったことが判明。つまりはもともと向いていなかってことか。

このところ、二つの小説に取り組んでいた。その一つ、連作歴史中編『天平DINKS』は最初の中編「国家珍宝帳(声に出して読みたい日本語)」が別冊文藝春秋で完結し、同社からの長編が書けるまで間が開くことに。冬には第二中編がはじまるだろう。時間をくれた、と言うより、器量を見切られた感じで、ちょっと奮起する。

で、現在は脳内戦争真っ盛り! 比喩ではなくて本物の戦争、九七式戦による空中戦である。あまりにも一人一人の空中勤務者(戦闘機パイロットのこと)を追いすぎていて、作中で戦死者が出ると本当につらい。ご遺族や現存者の方々からいただいている資料も山になっていて、あだやおろそかに扱えないこともあり、難航を極めている。因果な題材を選んだものだとは思うけど、いつかは書かねばならない作品だからしかたがないのだ。

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2000年12月14日 (木)

秘蔵のお宝、ぞくぞく

 いま、石橋美術館の別館が見逃せない。
 タイヤのトップメーカー・ブリジストンの創業者・石橋正二郎氏のいわゆる《石橋コレクション》のうち、印象派を中心とする西洋絵画は東京のブリジストン美術館に、明治時代以降の近代日本洋画は久留米市の石橋美術館に、それぞれ展示されてきた。だが、コレクション中、少なからぬ割合を占める日本の書画や、陶磁器などは、これまでほとんど公開されてこなかった。これらは普通の油絵とは、異なる展示環境を要するからだ。

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