登場人物紹介(11) 藤原永手
藤原北家の次男。
一般に、橘諸兄に奪われた政治的実権を取り戻すべく立ち上がった藤原氏の若きホープが藤原仲麻呂、ということになっているのですが、仲麻呂の目的は己一個の栄達にあったというほうが近く、実の兄豊成を太政官から左遷したり、この永手や百川(この人物はとっても面白い! いずれ「続編」で登場させるつもりです)など、藤原家の内部にも敵をつくってしまいます。その辺も仲麻呂の乱で味方に恵まれなかった理由かと思います。ま、自業自得ですな。
そうそう、永手の話です。この人は相当の野心家と思われますが、仲麻呂政権の間中、牙を隠してひたすら目立たないようにしていたらしく、太政官のそこそこの地位にありながら事件や陰謀にも巻き込まれず、ついに左大臣の地位に登り詰めます。
現代の政治家に例えるなら福田康夫みたいな性格で、けっして本心を明かさず、打算と陰謀でうまく政局を乗り切ってゆきます。主人公戸主とはもちろんソリはあわないながら、戸主も真備も、この人物の性格を知り抜いた上で結構有効に利用している節があります。
ちょっと引用。
「奈良麻呂殿が、少納言の秋篠王殿を連れ、難波宮(なにわのみや)に出かけられたそうです」
「だからどうした」
戸主は声を潜めた。「秋篠王は内印を携えておいでです」
「なんだと!」あまりのことに永手は絶句し、両手で顔を覆ったが、指の間からいまいましげなつぶやきが漏れた。「この期に及んで、愚かな」
内心おかしくなった。この期もあの期も、反仲麻呂派の企みは立派なくらい終始一貫していて、変わったのはここで話を聞いていた永手の打算だけだ。やはり蝙蝠男は利口者だ。兄人にいわせれば政治家の鑑(かがみ)だろう。ともあれ宮中から内印を持ち出すのは大罪である。おそらく七七忌を目前にして焦った奈良麻呂が、献物帳への捺印を阻止しようとしての悪あがき。仲麻呂の敵としてはちと役者不足というしかない逆上ぶりだ。
「公になればただでは済みますまい。私は献物帳に無事御璽さえいただければ、ことを荒立てるつもりはございませぬ。これより急ぎ難波宮に赴き、秋篠王殿をお連れするつもりです」
「好きにすればよかろう。わしに相談することではない」永手は不機嫌な声を出す。
「秋篠王殿がおむずかりになられれば、火急のことゆえちと無茶をしてでもお連れしなくてはなりません。永手殿には、ゆくゆくそれが問題にならぬよう太政官や中務省の方々にお執り成し願いたいのです」
「おまえは頭がおかしいのか」いらだった永手はついに怒声を上げた。「なぜこのわしに、そのようなことができると思うのだ!」
「なあに、東院の池の鯉から小耳に挟んだまでですよ」
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