登場人物紹介(3) 藤野別真人(和気)清麻呂
広虫の三つ違いの弟です。
采女として宮仕えしていた姉がひょんなことから戸主と結婚してしまい、各郡から子女を一人ずつ宮仕えに出す、というルールに則って、兵衛として宮仕えしなければならない羽目に。トホホ……。
京では兵衛府に勤めており、しばしば義兄の戸主に無茶な頼み事をされて困り果てます。それをうまく断り切れない人の好さは生涯ついてまわり、それで役人として損をするかといえばそんなことはなく、はるか後年には、桓武天皇の右腕ともいわれる大政治家へと成長します。
この作品では主に「第四話 宇佐八幡」で大活躍しますが、ここでも生まれながらの、嘘一つついたことのない人の好さが裏目に出て、妖僧道鏡の思う壺に落ちてしまいますが……。
左の図で、妖怪人間ベムのような顔色をしているのは、瀬戸内海の荒波を乗り越えて宇佐八幡に神託を授かりにいく海路で、船酔いに苦しみ抜いているからで、ふだんからこういう顔色の人、というわけではありません。
ちょっと本文の紹介を……
右兵衛府に清麻呂を訪ねた。清麻呂は兵営の庭で宿直仲間と投げ矢に興じていたが、戸主に気づくと戸口まで出てきた。
「義兄(にい)さん、よくこことわかりましたね」
「今日は宿直だと広虫から聞いた」拳からつきだした親指で背後を指す。「ちょっと頼みがあるのだ」
兵営の裏手で頼み事を打ち明けられた清麻呂は思わず大声を出した。「えッ、私の権限でそんな事ができるとでも……」
「できる。万一上司に見つかったら、不審な者を発見したから部下に追いかけさせたが、まだ戻らないとでもいっておけ」
「そんな無茶な」
「無茶は承知で頼むのだ。明日一日でよい。おまえの部下で騎馬に巧みなやつを三騎、目をつぶっておれに貸してくれ。そいつらにも駄賃(だちん)ははずむ」
「そういう問題では……」
「おれの部下どもは書類仕事に長けていてもこういう荒事にはとんと向かん。騎馬でおれについてこられるやつさえ、たぶん一人もおらん」
戸主の言葉に清麻呂は耳ざとく反応した。「荒事、といいましたね」
「おまえに迷惑をかけたくないから中身は伏せる。自分の義兄(あに)を信じろ」
「もう十分に迷惑が……」清麻呂はぶつくさいっていたが、ついにあきらめた。考えてみればこの義兄の頼みごとをうまく断れたことは一度もない。「ええい、わかりました。明日の日の出前に三騎そちらに寄越します。それでいいんですね」
「やはり持つべきものは可愛い義弟だ」ふくれ面をした義弟の背中を、破顔しながらどやしつけた。「悪いがおれの馬と、あともう一頭、荷を担げる強い馬も貸してくれ」
「その二頭も空馬で、不審な者を追いかけて行くわけですか」清麻呂は精一杯の皮肉をいう。
「そういうわけだ。ははは」戸主は屈託なく笑った。
(第2話 正倉院)。
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