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2007年7月15日 (日)

焼きそばミッシング・リンク

 福岡空港に降り立ち、久留米行きの高速バスを待っていると、向こうの電光掲示板に、京大チームがミャンマーで発見した化石により、真猿類の起源がアジアにあるという説が有力になったとのニュース。これはたいへんなことである。いままでほぼ既定事実として扱われてきた、霊長類のアフリカ起源説に大きなひびがはいるからだ。
 しかしまあ、このニュースを見て、関係部署にケータイで指示を出しまくったり、
「大変だ、こうしちゃいられない」」
などと次の便で東京にとんぼ返りしちゃうようなビジネスの人がいるだろうか? 日本の公共ニュースはレベル高いなあ……。というか、余計な《情報》までがみんなにばらまかれているだけか。
 今回は冒頭から脱線。焼きそばの話でしたね。久留米についたわたしは、毎日あれを食い、これを食ったあげく、もはやこれといって食うべきものがなくなってしまったことに気づいた。そんなある昼飯どき、西鉄久留米駅から街いちばんの(といっても、たいしたことなはい)商店街を歩いていて、「焼きそばの 想夫恋」の看板が目についたのである。

「焼きそばかあ」
 わたしは、かなり情けない声を出した。長いこと東京で暮らすうち、よほど追いつめられでもしない限り《焼きそば》なるものを口にしない人間になっていたからだ。
 食いもので《追いつめられる》ことなんてあるの? と言われそうだが、これはあるのだ。たとえば、中華料理の座がお開き近くなると、食べものの選択の余地がどんどんなくなって、明らかに追いつめられてくる。ビールと紹興酒をたらふく飲んだ胃に、汁もののそばを流し込むのはぞっとしない。炒飯という手もヒトにはあるのだろうが、失礼ながら、わたしが家で作る焼豚炒飯に匹敵する味には、そう簡単に出会えないのを知っている。それで、ヒトが何も言わないときには、ザーサイの漬け物でご飯をかっこんだり(これはなかなかいける)、断りもなく杏仁豆腐に一足飛びする。
 だがそのとき、「五目焼きそばでもとりますか」などと言い出す御仁がいたら、もう万事休すである。こうして、詰まされ将棋のように、食べたくもない《焼きそば》を食う羽目になったことが、幾度あるか。しかも、そとづらのよいわたしは、上品と柔弱を履き違えたような細麺をずるずるすすりながら、
「ここの焼きそばはなかなかいけますね」
などと、しなくていい迎合をする。そして帰る道すがら自己嫌悪に陥る。
 また、知らない中華料理屋にラーメンを食いに入ったものの、どうにもうまそうでない場合。これは隣の客が食ってるのでもわかるし、匂いでわかることもある。本屋なら何も買わずに出られるが、なぜか食いものやではそれは許されない。いやでも何か食わなくてはならない。
 そうしたとき、わたしは心で泣きながら、「堅焼きそば」を注文する。はたして、得体の知れない麺を揚げたのに、ドロリとした餡が山ほどかかったのがお出ましになる。確かに、麺は香ばしくぱりぱりしている。でも、油で揚げたのだからあたりまえだね。だいいち、こいつらはパリパリとおもしろいけれど、いかんせん味の構造が単純すぎ、パリパリパリパリ……どこまで行ってもおんなじ味で、一皿の途中で飽きちまうのだ。なお悪いことに、ドロリの水分がしみてきて伸びると、もう食えたものではない。しかたなく、芥子をやたらに混ぜ込んで、ようやく終わりまでやっつける。
 さて、こういう悲惨な体験を山ほどしてきたわたしは、「焼きそばの 想夫恋」の古めかしいガラス戸をガラガラ開けて入った。客はほかに一人だけ。春に短大出てOL一年生ですっ、て感じの、いい線行ってるショートカットが、焼きそば食いながら、なんだか大昔の刑事ドラマをいっしんに見ている。こっちは大盛りを注文し、ショートカット娘の横顔をちらちら見やりながらも、おやじの手業を観察している。
 ラーメンのと同じような、太く短い麺を、まずは茹でるのである。その間に、油を引いた鉄板で、算木の大きさに裁った豚肉を炒める。おやじのエモノは両手の大きなへら二つだけ。なんだかバルタン星人みたいに見える。このへらが工程の最後まで、蝶のように華麗に舞い、見る者を飽きさせない。
 麺が茹であがると、すぐさま豚肉の上に載っけられる。広島風お好み焼きを連想させられる。鉄板にふれた麺の部分が、狐色に……やがてこげ茶色になってくる。なのにおやじは手を止めてそれを放置したまま、奥の奥方と駄弁ったりしている。見ているこっちは気が気でない。
 ――おーい、おやじ。そんなに焦がしちまっていいのかよう。
 抗議に立とうとしたそのとき、おやじの手が一閃、万能葱と大量のモヤシが加えられ、ふたたび華麗なるヘラ技がつづく。いわくありげなソースも参戦。あとで思ったんだが、ソースが命なのはなにもフランス料理屋のシェフだけじゃない。
 やがてガスが止められ、わたしの目も鼻も、鉄板の上のうまそうな混沌に釘付けになってしまった。おやじのヘラが、いまは静かに動き、そいつをわたしの皿に移す。さっき内心で文句を言ったのも忘れ、
 ――その鉄板の上のモノは、ひとつ残らずこっちのモノだからな。
と眼を光らせていたが、心配無用、混沌はすっかりそのまま、目の前に到着した。
 それを一口食ったとき、わたしは地方都市を転々としていた、三十年前の子供時代に引き戻されていたのである。
 さてここで、焼きそばという食物について、進化論的な考察をしてみようと思う。読者の迷惑も気遣わないではないが、この講義癖はとうぶん治りそうもないから、まあ、我慢してつきあってやってください。
 現在の焼きそばは、前述の五目焼きそばや、香具師の屋台でおなじみのソース焼きそばといった《柔らかい焼きそば》と、街の中華料理屋によくある《堅い焼きそば》の二種に分化している。理由はわからない。問題は、その二種のどちらもが《そばを焼く》という、焼きそばの原点を見失ってしまったことだ。
 《柔らかい焼きそば》は、要するに蒸したそば入り野菜炒めである。だらけきったパンツのゴムみたいな、あの麺の歯ごたえは許しがたい。
 いっぽう《堅い焼きそば》は揚げそばの餡かけなのであって、こちらも《そばを焼く》工程とは無縁なのだ。
 どうしてこうなってしまったのか。《柔らかい》あるいは《堅い焼きそば》諸君に問う。君たちはいったい何なのか?
 これは言うまでもなく、進化論的な設問である。そしてそれに答えるには、《柔らかい焼きそば》と《堅い焼きそば》の共通の祖先である《原・焼きそば》――すなわち《焼きそばのミッシング・リンク》を見つけださなくてはならない。
 ――焼きそばのミッシング・リンク。
 何のためにかくもくだくだしい議論をしているかというと……えーと、そうそう。いまわたしの口中で音高く、香ばしく、噛み下されつつある「焼きそばの 想夫恋」の焼きそばこそが、まさにそのミッシング・リンクであると思うからだ。麺は九州男児らしく(?)、あくまで太く短く、最近のラーメンからは失われてしまった、プッツリとした潔い歯ごたえをもっている。竹を割ったようにまっすぐで、、あの生意気にちじれあがった蒸しそばなど、それこそ束になってもかなうまい。
 そして、これが重要なのだが、麺自体に麦のうまみがあるだけでなく、味の構造が複雑で、大の大人を最後の一本まで楽しませてくれるのだ。遠い子孫である――もうそうと決めちゃったもんね――《堅い焼きそば》の、非構造・全体主義的なパリパリとは大違い。ある部分はソースが染みて柔らかく、噛めば麺らしい腰があるかと思えば、別の部分は香ばしく焦げ、口の中でサクリ、ポキリなどと折れる。
 つまり《柔らかい焼きそば》と《堅い焼きそば》の両方が同時に味わえるわけ。
 モヤシと万能葱も、関東の野菜のように水っぽすぎず、しっかり野菜の味がする。
 わたしは、たちのぼるソースの香りに鼻孔をくすぐられながらも、片目ではあいかわらずショートカット娘の横顔を盗み見て、大盛りの山を一心不乱に食い進んだ。
 そして、それとともに起ち上がってきたのは、遠い幼時の味の記憶だった。そう、わたしが三十年以上前、この久留米の街に住んでいたころに食べた焼きそばと言うのは、確かにこういう味だった、と。
 これからはもう、柔らかいの堅いのいうのはやめ、ただ「焼きそばを!」と叫ぼうではないか。焼きそばの原点の味を見つけたのだから。
 もっとも、わたしはこれをもって、《焼きそば進化の久留米起源説》を唱えるつもりはない。この力強い味は、山陽地方や九州各地に、まだいくつも残っているはずだから。

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