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2003年5月 1日 (木)

二階堂奥歯さん

長編『瑠璃の翼』を脱稿し、小説現代の短編『ファインダア』をいい具合に書きおえて、さあつぎの仕事にかかろうとしたときに、とんでもないつまづきかたをして、正直、呆然としている。

「つぎの仕事」はいくつかあったのだけど(角川の『完全演技者』とか別冊文藝春秋の『天平DINKS』とか)、ここは毎日新聞社出版局と進めていた『「変わる」ためのIT術(仮題)』の話。久しぶりに手があいたのでシノプシスをまとめ直し、その後の進展を連絡しようとしていた矢先、担当編集者だった二階堂奥歯さん(こと佐々木絢子さん)の突然の、しかもあまりにも痛ましい形での死去を知ったのだ。

そこにいたる内面の葛藤とか、彼女を支えていたらしい方々のことは、彼女自身の日記サイト「八本脚の蝶」や「ですぺら掲示板」とかに詳しいので書かないが、編集者としても気配りの行き届いた、親身になってアイデアを出してくれる人だった。ちなみに、編集者としての彼女の最後の仕事になったのは、佐藤雅彦さんの『毎月新聞』という一冊である。「こういう本つくりました」というメモを沿えて送っていただいたが、つい積んだままになっている。さて、問題はこれから。毎日新聞社が会社としてこの事態にどう対応するのかやや不安だ。なにしろ、"Writing Booth"の製作とか、「移動書斎」の計画も含めてかなり順調にすべり出した仕事だけに、このままつつがなく引き継いでほしいが、この業界、中には担当編集に丸投げで、上司が案件の存在さえ把握していない場合だってあるのだ。今日連絡をとるつもりでいる。

二階堂さんとはじめて出会ったのは矢川澄子先生のお別れ会の二次会であり、高原英理さんに紹介されたときにはただ「Gothな女の子」という印象だった。その後毎日新聞社に移籍されて昨年10月にはその立場でお会いし、IT作家エッセーの話がはじまったのだった。渋澤龍彦はいかにひどい男か、などという話題でおしゃべりした覚えがある。

外見的には文学(哲学)少女の自殺だし、認知的には無限連鎖する恐怖のせいなのだが、そこにはもちろん神経伝達物質の分泌異常という物質的原因があり、いまはその過程がかなり詳しくわかっていていい薬もいくつかある。医者や薬で止められなかった以上もはや誰の責任でもなく、残念だが不可避な結果と思うほかはない。さぞ辛かったでしょうね。安らかにお眠りくださいというのみである。

「怖い」という文字がクラスターとなって立ち並ぶ、まるで遺書のような彼女の日記や、最近読んだ西崎憲さんの『世界の果ての庭』や、ぼく自身の知覚異常時の経験(映画のカメラを早回しする感覚)などから、恐怖が無限連鎖するのではなく、無限連鎖または無限反復ということ自体が恐怖の本質なのではないかと考えている。つまり恐怖とは、われわれ有限の存在が無限に触れたときに生ずる心の震えではないかと。

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