明治大学の講義始めの日。二校かけもちでコマの間に四時間も間があく状態が今年から解消されたのは結構だが、一限二限連続、しかも和泉校舎(京王線明大前)というのは身体にこたえる。特に喉が痛いこと。この講師の仕事も、最初はどうなることかと思っていたけれど、いまでは緊張感もない。人間なんにでも慣れるものである。
正午で初講義終わり、その足で東京ブックフェア@ビッグサイトへ。併設の「デジタルパブリッシングフェア」に興味の中心はあったのだが、ここ数年、さほどの進歩を感じない。例のごとくシャープが読書端末を参考出品していたり、大日本印刷がe-ペーパーのデモをしていたりはするけれど、いずれもハード先行というか単発で、肝腎の応用についてのビジョンがまるで見えてこないのだ。一時間ほどでサヨナラ。
養老孟司『身体の文学史』(新潮文庫)。持論の唯脳論と近代における身体に対する心の優位(つまりは身体性の抑圧)という観点から近代文学を捉えなおした論考。最近、齋藤孝さんのとか身体論がぼく的ブームである。なぜかといえば、戦争体験をもたない者が戦争を書こうとするとどうしてもこの身体の問題がネックになってくるからで、あたりまえのことだが身体に戦争をインプットされていないことが、小説の文面にどう影響するか、わからなくなってくるのである。そこさえ押さえれば現代の作家が戦争を書けない理由はない。ここでは大岡昇平らにからめて軍隊、および戦争と身体性のことも押さえられていて、その意味で大いに役立った。
内田樹『「おじさん」的思考』(晶文社)の書評依頼を時事通信社から受けているので、一週間ほど前に直ちに通読して、頭を整理するために放っておいたのだが、いつの間にか締め切りが明日だ。困ったことに、著者の主張の結構な部分にあんまりアグリーできないのである。どうしたもんだろう。
最近のコメント