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2002年4月

2002年4月29日 (月)

今年の就職戦線

時事通信社のコラム『凪の世紀』の今月分は就職について。担当記者の渡辺波留華さんに今年の就職希望企業ランキングを送ってもらう。社会的意義が薄くなってきた製造業は後退、再編が進んだ(本当か)銀行や商社が前進。講談社、集英社などの出版業界最大手も唐突にランクインしていてるけど、どうも本の復権というよりはあの二大マンガ雑誌の力ではないかと気づく。そんなに殺到したって、出版社の採用なんて微々たるものなのだが。あいかわらずの人気投票めいた結果だなあ。みんな本当にそこに行きたいのか!

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2002年4月27日 (土)

誰かパソコン要りませんか?

鼻風邪で調子最悪。
bk1に連載中のコラム『不審事物』の第18回「記憶の発酵 松浦寿輝」を午前中いっぱいかかって書き、タカザワさんに送る。相手が相手だけに手こずったけれど、何かしら意味のある指摘はできたように思う。このコラム、結構な労力がかかるのだが、こちらとあちらの事情が許すかぎり続けるつもりである。実際、一月に一人の作家を決めて数冊を読み、自分の言葉でその作家への理解を文章にするという作業は、小説を深く読む力をつけるためにたいへん役にたつのである。

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2002年4月26日 (金)

安田ママ訪問

家内が隣市の某デパートに来ているハイジ(本店は神戸)のケーキを買いたいというから、親子三人で出かける。ここには安田ママさんの勤める書店が入っているので顔出しがてら新刊の買い物。小松左京『虚無回廊Ⅲ』。Ⅰ/Ⅱを読んで14年も経っているから、どうせ通しで読まなきゃならんだろう。宮城谷昌光『楽毅』(全4巻)。この本は、海越出版から出ていたのを2巻目まで読んだところで出版社が倒産し、新潮社から出た単行本を買おうかどうかといつも気になっていたのだけど、めでたく文庫化。河野多恵子『秘事』。『小説の秘密をめぐる十二章』、『半所有者』など、最近読んだものはどれもぴしぴしと琴線に触れるので、これにも大いに期待している。あとは直哉用の絵本をいくつか。

この間、執筆用パソコンの画面の両脇と上を囲むような棚をつくったのだけど、その上に置けるオーディオが欲しくなり、最近話題の1ビットオーディオ、SHARPのSD CX-11というのを買う。奥行き18センチというのが決め手。まあ安物なんだけど、これが実に素晴らしい。思えば貧乏学生であった24年前、月賦で(ここは”ローンで”でとは言いたくない)はじめて買った「ステレオ」からすると、隔世の感がある。ピアノがピアノに聞こえるだけでも立派なもの。

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2002年4月23日 (火)

佐藤亜紀さんが早稲田大の教授に!

佐藤亜紀さんは無事早稲田大文学部の客員教授に就任されたらしい。早稲田の文芸専修といえば『中年シングル生活』の関川夏央さんのいるところ。だいじょうぶなのか、ってのは余計な心配か。ボクシングもやってるし。

齋藤孝『理想の国語教科書』(文藝春秋)を別冊文春の新しい担当者さんから送っていただく。阿川弘之さんとの対談を収めた文学界5月号も。齋藤さんには申し訳ないが、どちらも中国詩人選集の後任としてトイレの書棚に。

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2002年4月22日 (月)

追悼:東海洋士さん

角川が送ってくれる「角川ミステリ」の最新号をめくっていて、『刻Y卵』の東海洋士さんが先月亡くなられたことを知る。竹本健治さんの近況欄に書いてあった。合掌。ちょっと検索してみると、新井素子さんが「あたしの中の……」で奇想天外新人賞をとったときに応募していたり、映画『なんとなくクリスタル』の脚本なんかもされていたんですね。知りませんでした。

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2002年4月19日 (金)

編集者と会食

文藝春秋の編集者の方々とお食事。コラムを連載している『本の話』の編集長が交替して担当が変わるので、その顔合わせ。連作中編をやっている別冊文春のほうも担当者のシフト。ううむ、文藝春秋には有能な女性編集者が続々入っているようである。単刀直入に言うが、ぼくの担当は今後ともぜひ女性でお願いしたいものである。次回のコラムを齋藤孝さんの新作で書くことにしたので、束見本を送ってもらうことに。

「おじさん」的思考の書評、ようやく送稿。本来、世代論と直交するはずの政治論の含有率が高く、しかも昨日も言ったように著者とぼくの政治的立場には距離があるので、なかなか素直にお仲間になれないのだった。「進歩的文化人」が知的に破産(破綻ではなく)したところにいまの思想状況の原因があるのだから、いまさら自分たちこそ「民主主義」を守ってきたのだと言われても挨拶に困る。とは言えなかなか知的刺激に富んだ一冊ではある。詳しくは時事通信系各紙で。

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2002年4月18日 (木)

講義始め

明治大学の講義始めの日。二校かけもちでコマの間に四時間も間があく状態が今年から解消されたのは結構だが、一限二限連続、しかも和泉校舎(京王線明大前)というのは身体にこたえる。特に喉が痛いこと。この講師の仕事も、最初はどうなることかと思っていたけれど、いまでは緊張感もない。人間なんにでも慣れるものである。

正午で初講義終わり、その足で東京ブックフェア@ビッグサイトへ。併設の「デジタルパブリッシングフェア」に興味の中心はあったのだが、ここ数年、さほどの進歩を感じない。例のごとくシャープが読書端末を参考出品していたり、大日本印刷がe-ペーパーのデモをしていたりはするけれど、いずれもハード先行というか単発で、肝腎の応用についてのビジョンがまるで見えてこないのだ。一時間ほどでサヨナラ。

養老孟司『身体の文学史』(新潮文庫)。持論の唯脳論と近代における身体に対する心の優位(つまりは身体性の抑圧)という観点から近代文学を捉えなおした論考。最近、齋藤孝さんのとか身体論がぼく的ブームである。なぜかといえば、戦争体験をもたない者が戦争を書こうとするとどうしてもこの身体の問題がネックになってくるからで、あたりまえのことだが身体に戦争をインプットされていないことが、小説の文面にどう影響するか、わからなくなってくるのである。そこさえ押さえれば現代の作家が戦争を書けない理由はない。ここでは大岡昇平らにからめて軍隊、および戦争と身体性のことも押さえられていて、その意味で大いに役立った。

内田樹『「おじさん」的思考』(晶文社)の書評依頼を時事通信社から受けているので、一週間ほど前に直ちに通読して、頭を整理するために放っておいたのだが、いつの間にか締め切りが明日だ。困ったことに、著者の主張の結構な部分にあんまりアグリーできないのである。どうしたもんだろう。

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2002年4月17日 (水)

脱サラ1周年

松下電器の企業研究者というカタギの仕事を辞めて丸一年。辞める前には、日々一緒に働く仲間がいなくてさみしいのでは、とか、社会における自分の位置を見失って焦るのでは、などとあれこれ思い悩んでいたものだけれど、おおむね取り越し苦労であったことが判明。つまりはもともと向いていなかってことか。

このところ、二つの小説に取り組んでいた。その一つ、連作歴史中編『天平DINKS』は最初の中編「国家珍宝帳(声に出して読みたい日本語)」が別冊文藝春秋で完結し、同社からの長編が書けるまで間が開くことに。冬には第二中編がはじまるだろう。時間をくれた、と言うより、器量を見切られた感じで、ちょっと奮起する。

で、現在は脳内戦争真っ盛り! 比喩ではなくて本物の戦争、九七式戦による空中戦である。あまりにも一人一人の空中勤務者(戦闘機パイロットのこと)を追いすぎていて、作中で戦死者が出ると本当につらい。ご遺族や現存者の方々からいただいている資料も山になっていて、あだやおろそかに扱えないこともあり、難航を極めている。因果な題材を選んだものだとは思うけど、いつかは書かねばならない作品だからしかたがないのだ。

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